福岡地方裁判所飯塚支部 昭和58年(ワ)19号 判決 1985年8月29日
原告(反訴被告)
大石力之助
被告(反訴原告)
浜上幸光
主文
一 別紙記載の交通事故に基づき、原告が被告に対して負担する損害賠償債務は、第二項の金額を超えて存在しないことを確認する。
二 原告は、被告に対し、一、六二六、七三八円とこのうち一二〇万円に対する昭和五八年六月一七日から、四二六、七三八円に対する同六〇年三月二七日から各完済まで年五分の金員を支払え。
三 原告のその他の請求及び被告のその他の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを六分し、その一を原告の、その他を被告の、各負担とする。
五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者が求めた裁判
(本訴)
一 原告
(一) 別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に基づき、原告が被告に対して負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
請求棄却、訴訟費用原告負担の判決
(反訴)
一 被告
(一) 原告は、被告に対し、一、〇〇〇万円とこのうち一二〇万円に対する昭和五八年六月一七日から、八八〇万円に対する同六〇年三月二七日から各完済まで年五分の金員を支払え。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決及び仮執行宣言
二 原告
反訴請求棄却、反訴訴訟費用被告負担の判決
第二当事者の主張
(本訴)
一 原告の請求原因
(一) 事故の発生
本件事故が発生した。
(二) 責任原因
原告は、原告車の運転者として、被告に対し民法七〇九条の責任を負う。
(三) 傷害
被告は、本件事故により頸椎捻挫、胸部・腰部打撲の傷害を受けた。
(四) 損害
1 休業損害 五七〇、九一二円
被告は、月額二八五、四五六円の賃金を得ていたが、本件事故により昭和五七年九月三日から同年一〇月三一日まで休業した。
2 物損 八六、七〇〇円
被告車の修理及び代車料
3 慰藉料 四〇万円
4 諸雑費 七二、九五二円
(五) 損害のてん補
被告は、自賠責保険から保険金として一二〇万円の支払を受けた。
(六) 確認の利益
1 被告の損害はすべててん補され、本件事故による原告の損害賠償債務は存在しない。
2 しかるに、被告はなお治療の必要があり、損害が継続していると主張して、昭和五七年一一月以降の休業損害の賠償を請求している。
(七) よつて、原告は、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。
二 請求原因事実に対する被告の認否
(一) 請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。
(二)1 同(四)1の事実は否認する。
被告は、月額三二〇、一七四円の賃金を得ていたし、休業期間も長期に及んでいる。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
(三) 請求原因(五)の事実は認める。
(四)1 同(六)1の事実は否認する。
2 同2の事実は認める。
三 被告の抗弁
(一) 事故の状況
被告は、被告車を運転して本件事故現場付近道路を宇美東小学校方面から柳原方面に向つて進行し、原告方車庫前路上において、対向車の通過を待つため一時停止したところ、原告の道路進入に際しての安全確認を怠つた過失により本件事故が発生した。
(二) 治療状況
被告は、本件事故による傷害のため、次のとおり治療を受けた。
1 頴田病院通院
頸椎捻挫、腰部・胸部打撲で、昭和五七年九月三日から同五八年一月一七日まで(実日数九九日)
2 かつき脳外科整形外科通院
頸肩腕症候群・左大後頭神経痛で、昭和五八年一月一八日から同六〇年三月一三日まで(実日数三一四日)
3 魚住医院通院
頸椎捻挫で、昭和五九年四月一二日から同六〇年三月一五日まで(実日数三〇日)
4 なお、被告は、現在も右三医院に通院して治療を受けており、治癒していない。
(三) 損害
1 休業損害 八、九一二、四二六円
(1) 被告は、日本鉄工株式会社福岡工場に工場長として勤務し、一か月三二〇、一七四円の賃金を得ていた。
(2) 被告は、本件事故により、昭和五七年九月三日から同五九年一月九日までは全く就労できなかつた。
右期間の休業損害は五、二一二、四二六円となる。
(3) 被告は、昭和五九年一月から部分的に就労し、同月二万円、同年二、三月ないし三万円、同年四月から九月まで五ないし六万円、同一〇月から一二月まで一〇五、〇〇〇円の各給与の支払を受けた。したがつて、右期間の休業損害は、一月三〇万円、二、三月各二九万円、四月から九月まで各二六万円、一〇月から一二月まで各二一万円、合計三〇七万円となる。
(4) 被告の昭和六〇年一月から三月までの就労程度は月額一〇五、〇〇〇円相当であるから、右期間の休業損害は六三万円となる。
2 慰藉料 三〇〇万円
被告の傷害は未だ治癒していないところ、受傷の部位・程度、治療状況等からすると、原告の精神的苦痛を慰藉するものとしては右金員が相当である。
(四) したがつて、被告は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、前記(三)の損害金合計一一、九一二、四二六円から請求原因(五)の損害てん補額一二〇万円を控除した残額一〇、七一二、四二六円の請求権を有している。
四 抗弁事実に対する原告の認否
(一) 抗弁(一)の事実中、被告車が原告方車庫前路上で一時停止したとの点は否認し、その他は認める。
(二)1 抗弁(二)1の事実は認めるが、受診時の症状は愁訴だけであり、他覚的症状はなかつた。
2 同2の事実中、被告がその主張期間に主張医院で治療を受けたことは認めるが、その治療にかかる傷害のすべてが本件事故に基づくものではない。
3 同3の事実中、被告がその主張期間に主張医院で治療を受けたことは認めるが、その治療にかかる傷害と本件事故との間に相当因果関係はない。
4 同4の事実中、治癒していないという点は否認し、その他は知らない。
(三) 抗弁(三)の事実は全部否認する。
(四) 同(四)の主張は争う。
五 原告の再抗弁
原告は、原告車のギヤーをバツクに入れ、バツクランプを点滅させながら道路の左右の安全を確認したところ、右方(柳原バス停方向)からは二トンダンプカーが宇美東小学校方面に向つて進行してきており、同車が自車後部を通過し、後続車のないことを確認して左方を見たところ、自車から五メートルの位置に被告車が停車していたので、原告は自車の後退を待機してくれるものと信じ、後退を開始したところ、突然被告車が発進したため衝突したものであり、被告にも前方注視を怠つた過失があるから、過失相殺すべきである。
六 再抗弁事実に対する被告の認否
再抗弁事実は否認する。
(反訴)
一 被告の請求原因
(一) 事故の発生
本件事故が発生した。
(二) 事故の状況
本訴抗弁(一)のとおり。
(三) 責任原因
本訴請求原因(二)のとおり。
(四) 傷害
本訴請求原因(三)のとおり。
(五) 治療状況
本訴抗弁(二)のとおり。
(六) 損害
本訴抗弁(三)のとおり。
(七) 損害のてん補
本訴請求原因(五)のとおり。
(八) よつて、被告は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として前記(六)の損害金合計一一、九一二、四二六円から(七)の損害てん補額一二〇万円を控除した残額一〇、七一二、四二六円の内金一、〇〇〇万円とこのうち一二〇万円に対する不法行為後の昭和五八年六月一七日から、八八〇万円に対する同六〇年三月二七日から各完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する原告の認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実の認否は、本訴抗弁(一)の事実に対する認否のとおり。
(三) 同(三)、(四)の事実は認める。
(四) 同(五)の事実の認否は、本訴抗弁(二)の事実に対する認否のとおり。
(五) 同(六)の事実は全部否認する。
(六) 同(七)の事実は認める。
三 原告の抗弁
本訴再抗弁のとおり。
四 抗弁事実に対する被告の認否
抗弁事実は否認する。
理由
一 事故の発生
本訴請求原因(一)(反訴請求原因(一))の事実は当事者間に争いがない。
二 事故の状況
本訴抗弁(一)(反訴請求原因(二))の事実は、被告車が原告方車庫前路上で一時停止したとの点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲五号証と被告本人尋問の結果(一、二回)によると右一時停止の事実を認めることができ、成立に争いのない甲三号証の三、四号証、六号証の各記載及び原告本人尋問の結果中右認定に反する各部分は、前記証拠に照らして採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
三 責任原因
本訴請求原因(二)(反訴請求原因(三))の事実は当事者間に争いがない。
四 傷害
本訴請求原因(三)(反訴請求原因(四))の事実は当事者間に争いがない。
五 治療状況
本件事故との因果関係はしばらく措き、本訴抗弁(二)(反訴請求原因(五))1の事実、同2の事実中、被告がかつき脳外科整形外科(以下「かつき医院」という。)で昭和五八年一月一八日から同六〇年三月一三日まで通院治療を受けたこと、同3の事実中、被告が魚住医院で昭和五九年四月一二日から同六〇年三月一五日まで通院治療を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない乙六号証の一・二、一〇号証の三、証人香月千裕の証言により真正に成立したものと認められる乙三号証と右証言、証人魚住孝義の証言、被告本人尋問の結果(一、二回)によると、被告は、かつき医院において、昭和五八年一月一八日の初診の際、頸椎捻挫の疑いで、その後間もなく頸肩腕症候群の傷病名で、昭和五九年四月二日まで一週間ないし一〇日に一回後頭部に注射を、一週間に四、五回首の牽引と投薬による治療を受け、その後現在まで投薬を受け続けていること、また、昭和五九年四月一二日以降現在まで、魚住医院において、頸椎捻挫の傷病者で、一〇日に一回くらい、交感神経に対するレントゲン照射を受けていることが認められる。
六 損害
(一) 休業損害
1 被告本人尋問の結果(一回)により、原本の存在及びそれが真正に成立したものと認められる乙九号証と右尋問の結果によると、被告は、日本鉄工株式会社福岡工場に工場長として勤務し、本件事故当時一か月二八五、四五六円の給与の支給を受けていたこと、本件事故の翌日(昭和五七年九月三日)から昭和五九年一月九日まで欠勤したことが認められる。
2 しかし、被告が、本件事故による傷害のため、右期間の全部にわたつて休業を余儀なくされたものであるとは認め難い。
すなわち、まず、既に認定したとおり、本件事故は、原告方車庫から道路に後進中の原告車後部が、右車庫前路上で一時停止中の被告車左側部に衝突したものであるところ、前掲甲三号証の三、四ないし六号証、成立に争いのない甲三号証の二、昭和五七年九月三日撮影の被告車の写真であることにつき争いのない甲一〇号証の一・二、原・被(一回)告各本人尋問の結果によると、原告は、原告方車庫から原告車を後進させて、衝突地点の手前約二メートルの地点で一旦停止し、柳原方面から宇美東小学校方面に向つて進行していたダンプカーの通過後、時速約五キロメートルで約二メートル後退したとき、被告車に衝突したものであること、右衝突により、原告車はリヤーバンバーが約三センチメートル押込まれ、擦過痕が生じたこと、被告車は左フロントドアー及びリヤードアーが一〇センチメートルくらい凹んだこと、被告は被告車運転席にいてハンドルを握り、前方を向いた状態で、衝突により横ゆれの衝激を受けたこと、被告車助手席には藤原忠久(当時二九歳)が乗つていたが、同人は全く負傷しなかつたことが認められる。
次に、成立に争いのない甲七号証、乙一〇号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二号証と証人香月千裕の証言、被告本人尋問の結果(一回)によると、被告は、本件事故当日は自覚症状がなく、翌日、頭痛・両肩疼痛・頸部痛を訴えて頴田病院で診察を受けたが、頸椎及び胸部のレントゲン検査の結果では異常がなく、その後昭和五八年一月一七日までの間投薬と湿布治療を受けたこと、右診察・治療にあたつた医師は、同五七年一〇月二八日の時点で、同月三一日ころには被告の復職が可能である旨診断し、就労するよう助言していたこと、被告は、同五八年一月一八日からかつき医院に転医したが、同医院においても、頸椎のレントゲン検査及び脳波や神経反射等の検査とも異常は認められず、頭痛及び頸部痛の愁訴だけで、他覚的症状はなかつたこと(昭和五九年四月一二日撮影の被告の頸椎部分の写真であることにつき争いのない乙四号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲九号証、証人香月千裕の証言によると、昭和五九年四月一二日当時被告の第四・五頸椎関の椎間板にやや狭小化の傾向が認められるが、これは加齢的現象として椎間板の骨化が進行しているものと認められ、証人魚住孝義の証言中、右第四・五頸椎関にずれがある旨の部分は、前記証拠に照らして採用し難い。)、右かつき医院の医師も、被告に対し、被告の愁訴に基づき、初診時には一般的には仕事を休んだ方がいいと指導したが、途中(その時期は不明)からは被告自身の判断で休むかどうかを決めるよう伝えたこと、昭和五九年四月二日には症状も終息したと診断して注射及び首の牽引をやめ、その後は被告の希望を入れて投薬だけしていることが認められる。
そして、被告本人尋問の結果(一、二回)によると、被告の住居は前記日本鉄工株式会社福岡工場の工場内にあり、また被告は、建設仮設機材の製造・販売業の同社の工場長として、一六、七名の従業員を指揮し、仕事の段どりや営業全体を統括していたことが認められる。
以上のとおり、本件事故は、原告車が時速約五キロメートルで約二メートル後退したとき、停止中の被告車の左側部に衝突したもので、被告車の損傷もフロントドアー及びリヤードアーの凹損にとどまり、また被告自身も横ゆれの衝激を受けたにとどまるものであり、助手席にいた藤原忠久は全く負傷していないという本件事故の状況、程度、及び被告の症状が終始愁訴にとどまり、他覚的症状が全くみられないこと、頴田病院の医師は、昭和五七年一〇月三一日ころには被告の復職が可能である旨診断して就労するよう助言しており、その後かつき医院の医師も、治療の途中からは就労が可能である旨診断していたと推認できること及び被告の職務内容並びに職場と住居の関係等を総合勘案すると、本件事故による傷害のため、被告が事故の翌日から一年四か月余もの間全く就労することができなかつたものであるとはとうてい認め難く、本件事故と相当因果関係のある損害額算定の基礎となる被告の休業期間は、本件事故の翌日から二か月間は一〇〇パーセント、その後昭和五九年四月二日までの一七か月間は全体的にみて平均三〇パーセント程度の休業を余儀なくされたものであると認めるのが相当である。
3 そうすると、被告の本件事故による休業損害は、次のとおり二、〇二六、七三八円となる。
285,456(円)×2=570,912(円)
285,456(円)×17×0.3=1,455,826(円)
570,912+1,455,826=2,026,738(円)
(二) 慰藉料
既に認定したような被告の傷害の部位・程度、治療状況その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は八〇万円が相当であると認められる。
七 過失相殺について
原告は、本件事故発生につき被告にも前方注視を怠つた過失がある旨主張する(本訴再抗弁、反訴抗弁)が、既に認定したとおり、本件事故は、原告車が、一時停止中の被告車に衝突したものであるから、被告に前方注視を怠つた過失があるとは認め難い。
八 損害のてん補
本訴請求原因(五)(反訴請求原因(七))の事実は当事者間に争いがない。
九 結論
以上によれば、原告は被告に対し、本件交通事故に基づく損害賠償として、前記六認定の損害金合計二、八二六、七三八円から損害てん補額一二〇万円を控除した残額一、六二六、七三八円とこのうち一二〇万円に対する不法行為後の昭和五八年六月一七日から、四二六、七三八円に対する同六〇年三月二七日から各完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は右認定の金額を超える債務の不存在確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は右認定の金額の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 喜久本朝正)
(別紙) 交通事故
日時 昭和五七年九月二日午後四時三〇分ころ
場所 福岡県粕屋郡宇美町大字宇美二、九四九番地の一八四 原告宅先路上
加害車両 普通乗用自動車(福岡三三す一一五四。以下「原告車」という。)
右運転者 原告
被害車両 普通乗用自動車(福岡五五ま一九四〇。以下「被告車」という。)
被害者 被告
態様 原告方車庫から道路に後進中の原告車後部が被告車左側部に衝突